(
2013年のブログ記事より)
多くの人の話を聞き、思ってきたこと。
「やりたい事がわからない」
という人は、実際にはやりたい事がわからないのではない。
元々、やりたい事がわからないというのは
やりたい事がないからである。
やりたい事をやりたいようにやっている人が
爽快だし、幸せそうだから
そうするべきだと思っている節があるようですね。
「やりたい事を見つける」
というのがある種目的になっている独身女性は多かろう。
やりたい事を見つけて、やりたい事をやれば、
今よりも幸せになるとおもってはいませんか?
本当は
みんな全て想い通り。やりたい事は既にやっている事。
会社でくすぶっているのも、やりたい事。
よくわからないのも、自分がやりたい事。
仕事を辞めたいけど、何がやりたいかわからないってのは、
やりたい事が具体的にわからない、っていうのは、それを辞めてまで
やりたいことなんてないってこと。
だから割り切る事も大事。
逆に
どんな自分になりたいのか、ってのを探した方が随分近道。
どんな人になりたいのか。
尊敬される人になりたいのか、優しいと思われる人になりたいのか。
どんな人にあなたを完成させようとしているんでしょうか。
どんな人になれる事が、こころから満足する「私」なのでしょうか。
やりたい事をすきなだけやっている「私」という人になりたいのでしょうか。
↑
基本的にやりたい事は全て今もやっているでなければこれは嘘になる。
やりたい事が何なのかわからない、と涙した人を私は何人も見て来たけれど、
今日、私の中でその答えがやっと
自分の中で腑に落ちた。
涙した人はみんな、「自分自身」が完成していないのだ。
自分自身が全てにおいて、満足していて、こんな自分になっていることに
ああ、素晴らしいと思っていれば
やりたい事なんてどうでもいい。
やりたい事しかやっていない事に気付くだろう。
だから
もし、今やりたい事がわからない、という人は無理にそれを探したり、わかろうと
しても意味がない事を知るとよいと思う。
やりたい事は、ある時、押さえられないくらいの衝動で湧き出てくるもの。
「自分自身」に満足しているのならば、
やりたい事がわからない、なんて悩まない。
「自分自身」をフルに生きているのなら、
やりたい事は全部、食べること、寝る事、仕事、趣味、全てが
やりたかったし、嬉しいと思うだろうし、
もう、止められない衝動というのに気付く。
やりたい事をやる事があなたを変えるのではない。
なりたい自分というのがあなたを変える。
そのくらいシンプルだということが、
私の中で府に落ちたこと。
もっともっと、素敵だ、私!と思う自分に近づいてください。
もっともっと、私満足!と思う自分になる事をしてください。
それが何かわからない?
だとすると、答えを外に求めるのを辞めることです。
これで良いですか?いいと思う?と人に聞かないことです。
常に「私はどうしたいのか?」を問い続けること。
そしてそれに忠実に
行動する事。
人や外的要因、占いに答えを求めたくなったら聞く、
「私はどうしたいのか?」
それを繰り返す事。
それに気付き、行動すること。
誰の中にも答えもシナリオももうある。
それに気付き、行動出来るか、ってことだけだろう。
毎日を一生懸命に生き、
今のこの瞬間持っている全ての事、モノに感謝できれば
何がやりたいか、とか、何がほしいかなんて
どうでも良くなる。
ダライラマ法王がおっしゃっている。
私たちは
「幸せになるために生きる」
(太陽星座を生きる、それが鍵です。)
既に幸せであれば、それでいいんです。
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